街のバリアフリーを図るために国や各市町村レベルで基準が設けられている。しかし、いずれも明白な罰則規定などがあるわけではない。従って、世の中の流れに流されるまま、とりあえず「段差にはスロープを」と、突貫工事のように改善改築をしてきたところも多い。
そこには人の心というものがあまり感じられない。そんな昨今、写真のようなトンチンカンな代物を見つけた。
いったい、どのような人たちがこのスロープを使うというのだろうか? スロープを上がり、畳半畳くらいのスペース内で90度向きを変え、更にドアを手前に開く……。この時点で車椅子ユーザーの利用は不可能だ。更にドアの下に約10cmほどの段差がある。素人目に見ても、その危険性は一目瞭然だ。
おそらく、実際にこのスロープの取り付けを考えた人は、自分で車椅子に乗って実験をしたわけでもなく、その危険性を想像すらできなかったのだろう。
今年5月3日、国連で障害者の権利条約が発効した(時事通信の関連ニュース)。しかし、日本はサインをするにとどまり、まだ批准はできていない。理由は「国内の法整備に時間を要する」と言うものだが、その法整備と同時に、お年寄りや障害者など様々な人達も自分の隣人として共に生きているのだということ、そして、全ての人々が互いの違いを認め合うことができる「心のバリアフリー」という骨格造りからはじめていかなければならないと思う。
そうした骨格のない安易な「物理的バリアフリー」は、更なる差別を生み、社会的弱者を闇へと誘うことになるだけだ。
そこには人の心というものがあまり感じられない。そんな昨今、写真のようなトンチンカンな代物を見つけた。
いったい、どのような人たちがこのスロープを使うというのだろうか? スロープを上がり、畳半畳くらいのスペース内で90度向きを変え、更にドアを手前に開く……。この時点で車椅子ユーザーの利用は不可能だ。更にドアの下に約10cmほどの段差がある。素人目に見ても、その危険性は一目瞭然だ。
おそらく、実際にこのスロープの取り付けを考えた人は、自分で車椅子に乗って実験をしたわけでもなく、その危険性を想像すらできなかったのだろう。
今年5月3日、国連で障害者の権利条約が発効した(時事通信の関連ニュース)。しかし、日本はサインをするにとどまり、まだ批准はできていない。理由は「国内の法整備に時間を要する」と言うものだが、その法整備と同時に、お年寄りや障害者など様々な人達も自分の隣人として共に生きているのだということ、そして、全ての人々が互いの違いを認め合うことができる「心のバリアフリー」という骨格造りからはじめていかなければならないと思う。
そうした骨格のない安易な「物理的バリアフリー」は、更なる差別を生み、社会的弱者を闇へと誘うことになるだけだ。
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